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昔話

先日高校の頃の先生と食事に行ってきた。卒業後もだいたい春休みと夏休みに食事会をしているのでかれこれ10年の付き合いになる。

担任ではないが3年間僕の現代文を担当した彼女は、僕の人生に大きな影響を与えた人で、僕が本を読むのも、たまによくわからない映画を観たりするのも、柄にもなくついつい高いブランドの服を買ってしまうのも全て彼女によるものである。

たまに先生と出会わなければまったく別様の人生を送っていて、そちらの方が楽しかったのではないかと考えてしまうこともある。そういうことを考えてしまうくらいには僕の人生というか価値観に影響を与えているのだ。

 

僕が通っていた高校は規律に厳しい高校で、女の子のスカートは女子高生にあるまじき長さだし、男は男で「髪が耳にかかってはいけない」という校則があった。多かれ少なかれ学校空間というものは軍隊と似ているものだけれどもあそこはかなりひどかったと今でも思う。

僕は髪は長い方が好きだし、そもそも耳に髪がかかってはいけないというのが納得できなかった。さすがにメタルバンドみたいな長髪だったら他人に見苦しい印象を与えるかもしれないが、少し髪が耳にかかるくらいよいではないか!

とはいえいくら理不尽に感じようとルールはルールであり、僕は毎月の身だしなみ検査にひっかかり続け、結局卒業まで一発でその検査に受かることはなかった。しかし、周りの生徒の大半は検査に合わせて髪を切り見事検査を合格していった。僕はその従順な感じが受け入れられなくてなんとなく疎外感というかズレみたいなものを感じるようになった。

また、僕の母校は一応は進学実績を売りにしている高校だったので、一年生の頃から朝補習と土曜補習があった。一応は自由参加なのだが大半の生徒が参加した。僕はその知的好奇心からではなくなんとなくいい大学に入るために受験勉強する感じと、先生に言われてというか周りに合わせて参加する感じがイヤで、いよいよ受験生となり必要を感じた三年生まで(強制でない限り)そういった補習には参加しなかった。

そんなわけでもちろん仲のいい子もいたが、基本的には学校の雰囲気に馴染めず、けっこうやさぐれた高校生活を送っていた。そんな中、この先生は僕のそういった状況を理解してくれて、校則についての僕の言い分やいろんな愚痴にも耳を傾けてくれた。今でも苦笑しながら「なんでこんな高校に来ちゃったの」と言ってくれたのを思い出す。

楽しいことの少なかった高校生活において先生との会話は、数少ない楽しい思い出で愉快な刺激だった。よく会話の中で「どびんは〇〇を読むといい」と言って僕が知らない作家を薦めてくれた。僕が小説とか評論や思想書を読むようになったのは、もちろん好みにあったからということもあるが、なにより先生と同じレベルで話がしたい思ったからである。

 

そういえば僕はこの先生に二回泣かされていることを、ふと思い出した。

一度目は高校三年生の頃で、それまで何気なく解けていて、それなりに高得点をとっていた現代文が急に解けなくなり、なかでも選択問題などは悲惨なもので、どの選択肢を読んでも正解がないように感じてしまうようになった。高校三年という大事な時期に僕の現代文の成績はみるみるうちに下降していった。しかし、それまではなにげなく解けていたものだから、なにが悪いのかもわからず、どんどんドツボにハマっていき成績も精神的にも追い込まれていった。

そんなある日、終業後に学校で勉強しているとすたすたと先生がやってきて、「(現代文)どうした?」と声をかけてくれた。そりゃ現代文の担当なので教え子の成績の心配をするのは当たり前のことだったのだろうが、とにかく僕のそういった状況を気にかけてれて声をかけてくれたことにずいぶんと救われた。そこからは受験国語の不満や選択肢がないと感じることを愚痴り、先生のお薦めの参考書(それが石原千秋との出会いでもあった)を教えてもらった。

それを機に受験国語の現代文で求められているのは、所詮読解力ではなく消去法で答えを見つける間違い探しだと思うようになったことで成績は少しずつ回復していった。

二度目は大学に入学して一週間ほどが経った頃で、大学から帰ると先生から手紙が届いていた。その頃の僕は決してレベルの低くない大学に入ったにも関わらず、誰も文学などを読んでいないことに失望していた。

先生からの手紙はなんてことなくて、ただ入学のお祝いの言葉と有意義な大学生活をといったことが書いてあっただけだと思う。それでも気にかけてくれていることが嬉しくて、それに結局僕の中にあるマイナー性みたいなものを理解してくれるのはこの人しかいないと思えてきて泣けてしまった。

 

あの頃から数年経って、色々と相対化できてきて、先生にはずいぶんと迷惑もかけたし恥ずかしい発言もしたなと思う。それでも先生に対する気持ちは変わらない。

彼女は僕の知的欲求の根源であり、指針である。